少し違う惑星の話

 世界は今日も曖昧である。

 鉄笠の位置を直すと、雪解けの水が指に絡む。雪が止んで少し経つが、今は既にうんざりするような暑さになっていて、外気は肺を蝕んだ。ここでは急な気候の変化など日常茶飯事であるが、特に「ころころ棚」と呼ばれる、切り立った一枚岩が階段のように並ぶこのあたりでは、常に天候が「ころころ」と変わる。曖昧だなんだとは言いつつも、気温をしっかりと感じ取れるこの体を持つ以上は、これまたしっかりとその変化を受け取らなければならない。そういうわけで、きの子は全身が汗だくであった。

「ほんと、辺鄙なとこに住む奴らばっかり」

 そうこぼすと、ころころ棚に整備された唯一の舗装道路をきっと睨む。地平線の向こうまで続く階段状の岩を切るように、誰が整備したかもわからぬ道があり、その先には「お貴族様」が住む屋敷があるのだ。 貴族、とは言うが、どこの国に仕えるわけでもない。どこかに対して何らかの義務を持つわけでもない。領地と言えるのも屋敷ぐらいなもので、貴族という概念が空疎に外形を整えたような存在が、そこに住むアルバハナという少女の特徴であった。いかにもこの世界らしい、曖昧な存在だ。

 深い黒をたたえた髪と瞳で、顔は美しいが、妙に遠回りな話し方を好み、遠回り過ぎて時々口がつっかえる。それでもアルバハナの人格は、この世界では比較的まともな部類だ。故にきの子は、辺鄙な場所に住んでいても、時折私は顔を合わせに屋敷を訪ね、彼女と執事のバリヒに会っているのだ。

 と、今度は天候が雨に変わる。雨が先に来て、後から雨雲がさっと空を染めていった。死ぬほど暑いよりはマシね、ときの子は嘆息する。やがて向こうに、巨大な屋敷が見え始めた。

「おお役人、いらっしゃい」

「ごきげんよう、お嬢様。役人呼ばわりはやめてよ」

「武装官吏なんて物好きは役人呼ばわりでいい。こんな国家かも曖昧な団体の下でよくぞ暮らせるな。日によって省庁の数が増減していたり、気付いたら影法師が閣僚に居座っていたり……。そこに仕える君というのは随分とま、ま、ま……」

 会って早々アルバハナは口がつっかえた。それでも最後まで話せばまだいいのだが、彼女は口がつっかえると、言おうとした内容を放り投げて次の話題に移るのだ。やがて執事のバリヒがやって来て、私に一礼すると、濡れ鼠になった私の身辺を整えてくれた。と、そこできの子は、自分がどこにいるかに気付いた。

「あれ、私いつの間に屋敷に入ってたっけ?」

「ん、ああ、ここ最近ころころ棚は時間が曖昧で……たまに『飛ぶ』んだ」

「ああ、そうなの……今回私を呼んだのってその為?」

 アルバハナはご名答、とばかりに顔を輝かせて、何かを言おうとし……それが言葉になる前に、どうやら口の中でつっかえたらしい。唇をもごもごとすり合わせている。彼女がうまいことを言おうとする時は、大抵言う前に口がつっかえる。相当上手い言い回しを思いついたのか、それを口にしようと、中々本題に移らずつっかえたままだ。

「まあ、何言おうとしたかは後で聞くから……私を呼んだぐらいだし、目に見える原因があるんでしょ?」

 きの子がそう言うと、アルバハナはその通りだ、と、きの子を中庭に連れ出した。


(続くかも)

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